いかに失わないか

おつかれさまです。

いつもありがとうございます。

 

先日、うちの8歳になる真ん中の子が、

あることで、

悲しくなって、ギャン泣きしていました。

すると

2歳になったばかりの下の子が

近よってきて

小さな声で、真剣な顔で

「だーいじょうぶぅ?」と、

小さな手でおにいちゃんの身体をなでていました。

 

私たちは成長するにつれ

さまざまな経験をし、

いろんなことを学び

知識やスキルを身に付けていく

すなわち、得ていく。

それは素晴らしいことです。

 

一方で

成長しようと

より完璧に近づこうとして

いろいろ習得しようとするのですが

そのプロセスで

何かを失っていないだろうかと

ふと思うことがあります。

 

まだ未熟な小さな子供たちが

大人の何倍も笑ったり

喜んだり、逆に怒ったり、泣いたりする姿や

 

好奇心を持ちつつも

まだ、いろんなことを知らない、

うまくできない、

それらが

私にはとても愛おしく

魅力的に見えます。

 

生まれたての赤ちゃんこそ

実は完璧なのかもと。

 

「いかに得るか」

それも大切だと思います。

 

一方で、それだけでなく

 

「いかに失わないか」

 

という視点も

それ以上に大切なのかもしれない

そう感じる今日このごろです。

 

いろいろ失ってしまったと

思っている人がいるとしたら、

 

大丈夫、

取り戻せるものがいっぱいあります。

 

最後まで読んで下さり

ありがとうございます。

明日もよい一日を☆

ココロはコロコロかわる

お疲れさまです。

いつもありがとうございます。

 

会社員時代の話、

これから顧客のところに

作業ミスの説明&謝罪をしに行く。

午後からなので、

その前によく行く飲食店によって昼食をとる。

すると

「味がしない」

 

別の日、

その顧客先での仕事が順調に進んで直帰。

帰りに先の同じ店で晩ご飯を食べる

すると

「ああ、うめえええ!」

 

同じ食事でも、

そのときの心の状況によって

まったく感じ方が違います。

 

心というのは一定ではなく

天氣のようにコロコロ変わる。

そして、心の状態によって

見え方、聞こえ方、感じ方もコロコロ変わります。

 

そのときの心の状態で捉えたものが、

そのものの本質かどうかというと

そうではない事も多かったりします。

 

食べ物の味だけでなく、景色の見え方、言葉の聞こえ方、人の印象など

いろんな対象が

そのときどきの自分の心の状態で

捉え方は変わります。

それを認識できていると

歪んだ解釈をせずにすむかもしれません。

 

最後まで読んで下さり

ありがとうございます。

明日もよい一日を

境界線

 

お疲れさまです。

いつもありがとうございます。

 

正月は県外に出る機会が何度かありました。

他県に入るとき

「〇〇県」という標識が出ています。

 

県境を設定することで

現在地を認識できたり

どこどこに居ると言葉で伝えられたり

目には見えない線をひくことで

認識、活用しやすくなります。

 

じゃあ、鳥からしたら

「今、〇〇県○○市の上空を飛んでいる」

とか認識しているのか?

 

鳥からしたら県境は関係ありません

人間が引いた線ですから。

 

境界線

われわれはこれを使います。

しかし

 

山と谷の境界は?

川と海の境界は?

 

そして

 

強いと弱いの境界は?

幸せと不幸の境界は?

 

そもそも自然は曖昧。

 

境界線は便利です。

ただ、いついかなるときも、なんでもかんでも、

それを引く必要はありません。

 

境界線はうまく状況にあわせて、

活用していきたいものです。

 

最後まで読んでくださり

ありがとうございます。

明日もよい一日を☆