八分で止める勇氣

おつかれさまです。

いつもありがとうございます。

 

先日、リビングの壁面に設置するラックを

DIYで作りました。

棚板にニスを何度か重ね塗りをしたのですが、

一部、塗りすぎてムラになってしまったところがあり、

後でリカバリするのが大変でした。

 

子どものころから工作をしたり絵を描いたりするのは得意なほうでした。

それらをする工程でよく起ったのが

もっと良くしようとして、かえって望む結果から離れてしまう

ということでした。

 

”八分(八割)で止める勇氣”

 

八分で止めるというのは

面倒だから、楽したいから、という欲からくる、

手抜きということではなく、

 

逆に

もっとよくしたい、完璧にしたいという欲から

ついやってしまう余分な一手

それをする前に止めるということです。

 

これはモノづくりに限らず

いろんな分野でもあてはまることかと。

 

コミュニケーションでも

よかれと思って相手にいろいろ言ったりやったりするのですが

それが、かえって望ましくない結果につながってしまう

ということも少なくありません。

 

私自身、カウンセリングやトレーナーをやっていて

クライアントやトレーニーとのやりとりのなかで

「今のくだりは要らなかったかもなあ」と

後で反省することがよくあります。

 

ただ、それが余計かどうかというのも

そういった経験をある程度、積んだからこそ

わかってくる感覚でもあるのでしょうけどね。

 

”八分で止める勇氣”

 

もっとよくしたい、完璧にしたいという欲が出てるなと氣づいたら

そこで止めてみるのもよいかもしれません。

 

最後まで読んでくださり

ありがとうございます。

 

明日もよい一日を☆

六根清浄

お疲れさまです。

いつもありあがとうございます。

 

今年も修験の仲間と大峰山山上が岳に登拝しました。

先頭を行く先達の掛け声にあわせて

「さんげ さんげ 六根清浄」と唱えながら

登っていきます。

 

六根清浄

六根とは

眼根

耳根

鼻根

舌根

身根

意根

の六つの根。

これらはそれぞれ、

視覚

聴覚

嗅覚

味覚

身体感覚

知覚(意識)

のことを意味します。

 

六根を清らかに

すなわち、五感と意識を清らかにと捉えることができます。

 

NLPでも五感や意識(顕在意識と無意識)を重要な要素としています。

 

NLPを学び始める少し前の私は

五感は”詰まっている”ような状態でした。

しかし、それらが”通る”ようになり

いろいろ、目のまえのことを

歪んで捉えていたことに氣づくことができました。

そして、考え方、在り方を少しづつ変化させていきながら

世の中に対する感じ方、

自分自身に対する感じ方が大きく変わりました

 

われわれ人間に与えられた「五感」というシステム

そして

「意識(顕在意識/無意識)」

これらをクリアに、浄化すること、

それを意識するだけでも

価値があることだとあらためて感じます。

 

私の場合ですが、

なにか、起っていもいないことをあれこれ想像したり

もうすでに終わったことを頭のなかで何度も再生したり

目の前のことにあれやこれや意味づけをしていたり

それらが望ましくない形のものだったら

 

「六根清浄」

 

と唱えることで

その状態を切替えやすくなります。

修験道、仏教、神道、その他の教え、

またNLP、マインドフルネス、ヨガ、

その他、どんな方法であれ、

それらを通して

五感と意識をクリアに。

 

その状態をつくれるのであれば

本来の自分の力を発揮できるのでしょう。

 

祓いたまえ 清めたまえ 六根清浄

 

最後まで読んで下さり

ありがとうございます。

明日もよい一日を☆

自分のなかで何が起こってるのだろう?

おつかれさまです。

いつもありがとうございます。

 

自分の子供たちと接しているとき

「今この子のなかで何が起こっているのだろう?」

と、言語的、非言語的サインを洞察しているときがあります。

 

一番下の子はまだ二歳なので

それをするのが面白い。

 

先日、Eテレの番組を見ていたら

ミーアキャットが出てきて

息子は「あ、かんがりゅ!(カンガルー)」と

 

私が「あれはミーアキャットだよ」と言うと

「ちがう!かんがりゅ!」と

 

その後も5回くらいこのやりとりを繰り返し、

結構頑なに。

誰に似たのか、、、わしか!(笑)

 

画面には特有の立ち姿をするミーアキャット

その映像(画)を見ると、

「かんがりゅ」という名(音)が、

瞬間的に口から出る。

 

ふと、先日見ていたミニ図鑑を思い出し

開いてみると同じページにミーアキャットとカンガルーが載っており

そのカンガルーがミーキャットのような立ち方をしていました。

確かに目を細めたり、ボヤっと見ると似ている。

 

それで「カンガルー」という単語(音)と

あの独特な立ち姿の茶色い毛の動物の写真(画)を結び付けて

記憶、保存したのかなと。

 

もう一度その図鑑を見せて

「これがカンガルー、こっちがミーアキャット」と説明すると

「みーやきゃっと?」と再学習していました。

 

こうやって幼い頃から

脳にプログラムを作っていきます。

 

大人である私たちも

今まで作られたプログラムを使って生活しています。

 

ときどき、自分の望んでいない反応が出る時もあります。

そのときは

「今、自分のなかで何が起こっているのだろう?」と

関心をもって問いかけ、

キャリブレーション(言語、非言語の兆候をキャッチする)してみるのもよいかもしれません。

 

最後まで読んでくださり

ありがとうございます。

明日もよい一日を☆