ソーシャル・ジャスティス・ウォーリャー

 

お疲れさまです。

 

熊本の震災のとき、

福岡の知人が日課にしているSNSでの投稿をしたところ

 

「のん気なやつだな」

 

と、彼を否定するコメントが入りました。

そのコメントを寄せた人は被災者ではありません。

 

それに対し、知人は丁寧に謝罪しました。

大人な対応をした彼には尊敬の念を感じましたが

そのやりとりに私は変な感覚を感じたのを覚えています。

 

あの年くらいからでしょうか。

「不謹慎狩り」という言葉をよく見聞きするようになりました。

 

調べるとそれをする人の多くは

実際に被害を受けた人たちではなく、関係のない少数の人たちが

積極的にクレームを言っているだけだそうです。

 

私の個人的な考えですが

自粛することは有りだと思っています。

気分がのらないのに無理して通常どおりしなければならない

というのもないし、そうしたほうがよいときもあると考えます。

一方で、そうしないほうがよいときもあるだろうし、

上記のようなのは自粛ではなく他粛では?と思います。

 

”ソーシャル・ジャスティス・ウォーリャー(略すとSJW)”

という言葉があります。

 

なんかアメコミ映画のタイトルみたいですが

これは、元々は社会正義のために戦う人たちのことを意味していましたが、

現在はネット上で、正義感を振りかざし、

ターゲットを見つけて叩く人たちを揶揄する意味で使われるようになりました。

それをする人たちの

その正義感は独善的であり、

攻撃的で何かと理由をつけて叩く傾向にあるとされています。

 

そして、正義感を振りかざしているようで、

実態は自らの鬱憤を晴らすための代替行為であることが多い。

また、それをしている人は

それに気づかないことが多いようです。

 

ストレスが溜まっていたり、

足りていない感覚を感じているときなどに

本人も気づかないうちに

それに憑りつかれていたりします。

 

大きな災害時などには当事者でなくてもストレスや不安、

傷ついたという感覚を感じやすいでしょう。

そのストレスのやり場や傷の癒し方がわからず、

誰かを責めるという形で出てしまう人も増えるのかもしれません。

 

しかし、それは、

正義でも、得な策でも無いし、

ましてや「徳」では無い。

 

救済者やヒーローは何かのきっかけで

迫害者や侵略者になってしまうこともあり得ます。

 

私自身も肝に銘じておこうと思います。

 

そして、もし、

”SJW”になっている人が攻撃してきたら

それはその人の問題であるとして、

自分の心を調えることに集中しようと思います。

 

台風で被災された方々の日常が少しでも早く戻ってきますように。

 

明日もよい一日を。

 

 

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