来る~きっと来る~♪

「貞子VS伽椰子」というホラー映画が公開されるようですね。

「リング」というホラー映画と「呪怨」とい映画のコラボ作品。

「リング」は1998年の作品

私はあまりホラーは得意ではないのですが

怖いもの観たさからか、当時、自宅でひとりでビデオで観ました。

あの有名なラストシーンをみて

恐怖で身体が固まったのを覚えています。

その後、数週間か数ヶ月間か忘れましたが、

何も写っていないテレビを見るだけで

ぞわ~っと鳥肌が立つ感覚があったのを覚えています。

これは私のプチトラウマ体験です。

トラウマは身体記憶

過度のストレスがかかったときになります。

ストレスにどう反応するか?

ストレスに対して

向かうか、避けるか

闘うか、逃げるか

そのとき、どちらかが、うまくできると

ストレスを軽減します。

外部からのショック(刺激)を受けると

脳の扁桃体の血流が活性化して、

一瞬で大きなエネルギーが発生します。

その爆発的に発生したエネルギーを

闘争(FIGHT)に使うのか?

または、

逃走(FLIGHT)に使うのか?

このとき、うまくエネルギーを使えたらいいのですが、

どちらも選択できず、

凍りついた状況となった場合、

この使えなかったエネルギーを冷凍保存

これがトラウマを作り出します。

自然界の動物の多くは

天敵に襲われそうになったら

”考えずに”逃げます。

人間は考える力が高いがゆえに、

一瞬、固まりやすい。

「リング」を観ていたときに、

固まらずに「ギャー!」とか「おおーこえーよー!」とか騒いだり、

一目散に逃げ出したりしてもよかったのですが

かなり”ビックリ!”しているのに

身動きとれずに

エネルギーが冷凍保存されてしまい

テレビを見るたび、そのエネルギーが

「チン!」と解凍されるようになったのでしょう。

まずは、ストレスフルな出来事が起こったとき

凍りつくのではなく

向かうのか、

避けるのか、

どちらにエネルギーを使うのか

場面によって

自在に選べるといいですね。

いつもと違うほうを選んでみるのもいいかも。

明日もよい一日を☆

なるほど、こんな感じがするのか

先日、ある大きな公園の敷地内にて

目を閉じてベンチに座ってみました。

砂利がしかれたその敷地内は

徒歩、自転車の人が通ることができます。

目を閉じているので感覚が鋭敏になり

人が前を通ったとき

自分の内側の感覚もよく観察できます。

自転車に乗った人が6~7mくらい前を通ったとき

少し胸のあたりに、ある感覚を感じますが、

それほど気にはならない

その胸の揺らぎを震度に例えると1くらいでしょうか?

それが1~2mくらい前を通ると

胸のあたりにある感覚(ドキドキするような感覚)は

さらに大きくなります。震度3くらいでしょうか?

これが歩いている人だとさらに大きくなる。震度4くらい。

これは自分の前を通過する時間が長いからか、

相手がさらに自由に動ける体制だからか。

もし、仮にその人が50cm以内に入ってきたとしたら

ドキドキの震度は5以上か、

はっきりと不安を感じるでしょう。

目を閉じていると、いろんな感覚に意識的になれます。

人にはパーソナルスペースがあります。

今回は自分のパーソナルスペースと人との距離感の関係で

自分の内側で「なるほど、こんな感じがするのだな」というのを

あらためて実感できました。

我々カウンセラー、セラピストは

非常に繊細な問題を取り扱います。

昔、今よりも未熟だったころ

この距離感を無視してしまっていたのを思い出しました。

相手からしたら、

それは土足で懐に入り込んでこられるような感じだったのかもしれません。

他人の行動などで自分が

不快になるような目にあったとき、

(逆に、心地よい気分になれたときもですが、)

「なるほど、こんなふうに感じるのだな」と思えると

相手のことを知る力が高まって

さらにイラつくことも減り、

人に優しくなれるのかもしれません。

明日もよい一日を☆

空白を想像で埋める

ニュースで知っている人も多いかと思いますが
北海道で7歳の男の子が5月28日から行方不明になっていた件、
6月3日の朝に保護されましたね。
本当、無事でよかったです。

7日間もひとりだったにもかかわらず
大きな身体的問題もなく。

私がある情報番組を見ていたとき、
この速報が入ってきました。
ちょうどその情報番組では、この事を取り上げていたところでした。

番組では警察犬に男の子の匂いを嗅がしたが、
不明になった場所で警察犬が反応をしなかったと。

この情報から
専門家やコメンテーターたちが次のように推測していました。

「その場所から徒歩で移動していないのでは?誰か第三者が善意か、
それ以外の何かの目的で車で乗せていったのでは?」
「そもそも、その場所に行っていたのだろうか?」

ネットのニュースなどでも

「熊に食べられたのでは?」
「親はウソをついていたし、何かあやしい。」

それらの情報をネットやテレビで見たり聞いたりしていると
「そうなのかも」と人々は想像してしまいがちに。
かくいう私もなんとなく暗にイメージしてしまいました。

発見されて時間が経ち、
空白の7日間のことが明るみに出てきます。

実際は、
男の子本人が自力で10キロほど歩いて、
自衛隊の演習場の小屋にたどりつき、
そこにあった水を飲んだり、マットで寒さをしのいだりして
過ごしていたとのこと。

そう、多くの人々の想像したとおりではなかった。

脳は空白ができると
それを埋めたくなります。
それが真実でなくとも
きっとこうにちがいないと
埋めます。

今回はマスメディアなどの影響もあり、
多くの人が思い込みをしていたのではないでしょうか。
「寒いし何もない環境。子供が7日もひとりで生きれるわけがない。」
「親は厳しいしつけをする。しかも一回ウソをついている。あやしい。」
「めったに車が通らない道を車が3台も通った。誰か第三者が関与しているのでは」
などのフィルターを通して。

わたしたちは日ごろから
空白を想像で埋めています。

他人の気持ちや未来のことまで。
「あの人はこう思っているにちがいない」
「きっとこういう結果になるにちがいない」

それが当たることもあるかもしれませんが、
外れることはもっとあると知ることは
大切なことなのではないでしょうか?

明日もよい一日を☆