ものごとの価値

 

お疲れさまです。

 

カウンセリングをしていると

 

「眠れない」という話を聞くことはよくあります。

 

私も若いころは眠れないほうだったのですが、

 

かなり前なので感覚的には忘れています。

 

今はどちらかというと「すぐ眠れる」と信じているので、

 

今の自分はその辛さがわかるとは言えないかもしれません。

 

 

クライアントさんでうつ病と診断された方がいました。

 

その方は睡眠導入剤を使わないと眠れない状態にあったのですが、

 

私とのカウンセリング中に

 

「このまえ、一瞬だけ自然にウトウトできて、それがすごく気持ちよくて!」

 

それは久しぶりの体験だったようで、すごく嬉しそうに語っていました。

 

私にとって当たり前のことも

 

彼にとってはとても有難いことに感じていたようです。

 

その話を聞きながら

 

「眠れることの”価値”を今の僕よりも、彼のほうがわかっている。

本当にそれが”有難い”と感じたのだろうなあ。」

 

と、少し感動したような、いまだその場面を覚えています。

 

 

価値の大小や高低、有無。

 

それの感じ方は

 

誰にとって、誰といるとき

いつ、どんなタイミングか

どこで、どんな環境で

何において、何に対して

どのような状態、どのようなプロセスにおいて

 

などによって変動します。

 

私たちは「こと」「もの」の価値を

 

相対的に感じ判断するようです。

 

 

超大金持ちがいたとして、

 

その人が普通の呼吸を得ることが困難な状況になったら

 

その普通の呼吸を得ることにいくら出すだろうか?

 

何億円とか出す人もいるでしょう。

 

すでにそれを得ている人はそれを支払って得る必要はない。

 

価値はその人が決める。

 

私たちの目の前には自分の価値観以外にも

 

世間の価値観、他人の価値観、組織の価値観など、

 

そういった透明なものさし、測定器のようなものもあって

 

いつもそれらを使って

 

目のまえの「こと」「もの」をはかっていて、

 

それに慣れてしまっている人もいるでしょう。

 

そのものさしに従い、どれだけ「こと」「もの」を得ても得ても

 

「なんだか”豊かさ”を感じられていないなあ」と

 

心のどこかで感じることもあります。

 

 

そんなときは心を静かにして

 

「”自分は”〇〇において(本当は)何に価値を感じるのだろうか?」

 

(〇〇は仕事、趣味、恋愛、友達、家庭、子育て、人生など)

 

という問いをしてみてもよいかもしれません。

 

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

 

明日もよい一日を☆