私は私 あなたはあなた

 

おつかれさまです。

 

人に対して

こうしてほしい、ああしてほしいと求める

でも、そのとおりにしてもらえないと

「なんで、そうしてくれないの」

と不満を抱えていく。

 

逆に

 

人から

こうしてほしい、ああしてほしいと求められ

自分に余裕がなくても

「そうしなきゃ」

と応えようとして疲弊していき、

やがて求めてきた相手に

「あなたのせいで」

と不満を抱えていく。

 

 

他人に過度な期待をすると、

それが苦になることがあります。

 

また、他人の期待に過度に応えようとすると、

それもまた苦になることがあります。

 

 

自分と他者との

 

線引き

 

それがうまくできていないことで苦しむクライアントさんによく出会います。

 

かく言う私もそれが容易でないときもあります。

 

そんなとき、

 

「ゲシュタルトの祈り」という詩を思い浮かべます。

 

 

”私は私のことをする

 

あなたはあなたのことをする

 

私はあなたの期待に応えるために生きているわけではない

 

あなたもまた、私の期待に応えるために生きているわけではない

 

私は私

 

あなたはあなた

 

もし縁あって、私たちが出会えるなら、それは素晴らしいこと

 

もし私たちが出会えなければ、それもまた素晴らしいこと”

 

/フレデリック・S・パールズ

 

 

他人を尊重し、自分を大切にする。

 

健全な人間関係はその上で成り立つことを

 

この詩は思い出させてくれます。

 

明日もよい一日を☆

 

質問の仕方を変えてみる

 

お疲れさまです。

 

なぜ(Why)

 

「なぜ、~なのか?」

 

もちろん、その質問が悪い訳ではありません。

 

ただ、原因を探ろうとして「なぜ(Why)」を使った場合、

 

言い訳が返ってきたり、的外れな答えが出ることも多い。

 

 

以前、うちの5歳の子供が夕食時に

 

ぐずり始め、

 

それが何度か続き、クセのようになったことがありました。

 

そのような場面で、

 

「なんで(Why)、ぐずってるの?」で質問すると

 

余計にぐずることが多い。

 

また、質問する側も感情的になりやすい。

 

 

そのとき、私は

 

「なぜ(Why)」でなく、

 

「何(What)が」で、

 

自分に対して質問してみました。

 

 

「この子の中で今、何が起こっているのだろう?」

 

すると

 

子供の言葉にならない言葉といいますか、

 

なんとなく

 

「わたしだってなんでかわからないよ!」

 

と言っているような感じがしました。

 

子供と食卓を一旦離れて

 

隣の部屋に行き(これだけでも状態が変わることもあります)

 

目を見て話しかけます。

 

「なんでぐずぐずしちゃうか、自分でもわからないんだよね?」

 

と聞くと

 

「うん」とうなずきました。

 

「自分だってぐずぐずはやめたいって思ってるんだよね?」

 

「うん」

 

「いい気分でご飯食べたいって思っているけど、どうしたらいいかわからないんだよね?」

 

「うん」

 

そうやって子供に合わせる形で質問、確認していくと、

 

少し状態が変わり始めていき、

 

そしてNLPのあるスキル(閾値パターンなど)を使って

 

そのぐずぐずの感覚を一気に手放すようガイドしました。

 

すると子供は数分前とは全然違う状態に

 

すっきりした表情で「よし、食べようっと」

 

と言って食卓につき、食べ始めました。

 

 

私自身もイライラや不安などの感情を感じたときに

 

「いま(自分のなかで)何が起こっているのだろう?」

 

と質問することがあります。

 

すると少し冷静な感覚で自分を観ることができます。

 

 

質問の仕方を変えることで焦点や視点が変わります。

 

焦点や視点が変わることで心身の状態も変わります。

 

明日もよい一日を☆

 

 

そのレッテルは何をもって?

 

お疲れさまです。

 

何年か前の、あるビジネスマン向けの雑誌を見ていたら

 

「トップリーダー200人調査」という記事で、

 

部下に求めるのは

「できる上司」の約6割が「能力」と答え、4割が「フレンドリー」と答えた。

一方、

「ダメな上司」の約7割が「フレンドリー」と答え、3割が「能力」と答えた。

と、

グラフを使って載せていました。

 

昔の自分だったらそのまま

 

できる上司は能力を重視しダメな上司はフレンドリーを重視する。

能力を大切にする上司ができる上司で、

フレンドリーを大切にする上司はダメな上司なんだなと

解釈をしていたかもしれません…

 

が、

今回は

 

そもそも、何をもって「できる上司」で、

何をもって「ダメな上司」と決めとんねん?

 

そうツッコミたくなりました。

 

ページの隅々を見渡してみたら

 

小さいフォントで

 

「出世のスピードが自己評価で上位2割だと回答した人を「できる上司」
下位2割だと回答した人を「ダメな上司」として集計した」

 

と書かれていました。

 

トップリーダーという定義については

「男性、女性の両方の部下を持つ正社員212人にアンケート調査」と。

 

それを知ると、

 

「あ、そういう定義で「レッテル」を貼ったのか」と、

 

そして、そこに載っているアンケート結果の受取り方が変わります。

 

 

「あの人はダメな〇〇だ」

「私はダメな〇〇だ」

 

他人だけでなく、自分自身についても

何をもって、そういう判断しているのか?

 

時々、そのような「レッテル」に対して

ツッコミを入れてみるのもよいでしょう。

 

本年もどうぞよろしくお願い致します。

 

明日もよい一日を☆